シンセサイザーの短い歴史
いまSynthLabで回しているノブは、突然できたものではありません。ほぼ一世紀の実験の結果です。 どの時代も「電気で音を作る」という同じ問いに、まったく違う答えを出してきました。 その答えの積み重ねが、いまのシンセサイザーです。流れを追ってみましょう。
1. 部屋ほどの大きさの始まり(1900s–1950s)
初期の電子楽器は巨大でした。テルミン(1920)は2本のアンテナの周りの手の位置で音程と 音量を操る、触れずに演奏する楽器。ホラー映画の「うぅぅ〜」という音の元祖です。フランスの オンド・マルトノ(1928)は鍵盤とリボンで滑らかな音程を演奏でき、メシアンのような 作曲家が正式にオーケストラへ編成しました。
RCA Mark II(1957)になると、紙テープで音を「プログラム」する段階まで到達します。 ただ、この時代の電子音響は大学の研究室のもの — 楽器というより実験装置でした。
2. ムーグと電圧制御(1960s–1970s)
転換点はロバート・モーグでした。核心のアイデアは電圧制御 — 音程も音色も音量もすべて 電圧で操り、モジュール同士をケーブルでつないで信号をやり取りする仕組みです。そこに鍵盤を 付けた瞬間、シンセはようやく「演奏する楽器」になりました。ウェンディ・カルロスの 《スイッチト・オン・バッハ》(1968)が商業的に大成功し、シンセは一気に大衆の耳に届きます。
そしてミニムーグ(1970)。壁一面のモジュラーをステージに持ち出せる大きさへ凝縮し、 オシレーター → フィルター → エンベロープという減算合成の信号の流れをパネルに固定 しました。この配置が、事実上その後のすべてのシンセのレイアウトの原型になります。
SynthLabの信号の流れ(OSC → FILTER → ENV)も、この減算合成の直系の子孫です。
3. 和音の時代 — ポリシンセ(1978–)
初期シンセの弱点は、一度に一音しか出せないこと(モノフォニック)でした。プロフェット5 (1978)は5音を同時に鳴らし、マイクロプロセッサで全ノブの状態をメモリに保存する革新を もたらします。「プリセットを呼び出す」という概念がここで生まれました。ジャーニーやTOTOの きらめくパッドとブラスが、この時代の音です。
4. デジタルの襲来 — FMとサンプリング(1983–)
ヤマハDX7(1983)はアナログ回路の代わりにFM合成(1つのサイン波で別のサイン波の 周波数を揺らす方式)を採用し、アナログでは難しかったガラスのようなベルやエレピを量産 しました。80年代ポップバラードのあのきらめく鍵盤は、ほぼDX7です。アナログより安価で 爆発的に売れ、「自分で作るよりプリセットを選ぶ」文化も一緒に広まりました。同じ頃、 フェアライトやAKAIのサンプラーは、実際の音を録音して鍵盤に載せるという別の道を 開きます。
5. コンピュータの中へ — ソフトシンセ(1990s–現在)
90年代後半にコンピュータが十分速くなると、シンセサイザーは丸ごとソフトウェアになりました。 DAW内で動くプラグインシンセには物理的制約がないため、数百ボイスのユニゾン(スーパーソウ!)、 自由なウェーブテーブルモーフィング、画面いっぱいのモジュレーションルーティングといった 新しい音が生まれます。SerumやVitalのような現代のソフトシンセがその代表です。面白いことに 同じ時期、ミニムーグやプロフェットのアナログ復刻も一緒に復活し、いまや100年分の歴史が すべて現役で共存する時代になりました。
そして、ブラウザの中で
そのすべてが、いまやブラウザの中でも動きます。SynthLabのシンセはWeb Audio APIでリアルタイム合成される減算シンセ — ムーグが固定した信号の流れ、プロフェットが生んだ プリセットの概念、DX7のFMモードまで、この歴史のかけらに直接触れられます。 原理学習で順に辿ってみてください。歴史を知って回すノブは、違って聞こえます。