ヒップホップの歴史① ブロンクスで生まれた (1970s)
ヒップホップがどこで始まったか、知っていますか? 立派なコンサートホールでも、高価なスタジオでもありません。 1970年代ニューヨーク、ブロンクスの路上 — 街灯からこっそり電気を引いた真夏のブロックパーティでした。 貧しくても熱気だけは溢れていたその街から、いま地球ごと揺らす音楽がひょいと飛び出したんです。
何が新しかったか
- DJが主役になった: DJクール・ハークが同じレコードを2枚かけて、みんなが一番盛り上がる部分 — ドラムだけの「ブレイク」— をループで引き伸ばしました。これこそヒップホップ・ビートの誕生です。
- MCの登場: そのビートの上で場を盛り上げようとマイクを握った人(MC)が、いつの間にか「ラップ」をしていました。
- ひとつの文化、4大要素: DJ・MC(ラップ)・ブレイクダンス・グラフィティ。ヒップホップは音楽だけでなく、まるごとひとつの文化でした。
開拓者たち
- DJ Kool Herc: ブレイクを引き伸ばす技を発明した「ヒップホップの父」。すべてはこの人の指先から始まりました。
- Grandmaster Flash: ターンテーブルを楽器のように操った天才テクニシャン。スクラッチとミックスの基礎を築きました。
- Afrika Bambaataa: 「ギャングよりヒップホップを」と唱え「Zulu Nation」を作ったゴッドファーザー。電子音まで取り込みました。
- The Sugarhill Gang: ラップを初めてレコードに刻み、ラジオへ打ち上げた立役者たち。
必聴曲
The Sugarhill Gang – "Rapper's Delight" (1979)
ラップが初めて「レコード」になった歴史的瞬間。15分間ノンストップで喋り倒すこの一曲が、世界にヒップホップを知らせました。
こう聴いてみて: 弾むベースラインに身を任せてみてください。40年以上続く文化の、最初の足跡がここに刻まれます。
Kurtis Blow – "The Breaks" (1980)
ラップ初の「ゴールド」を記録した曲。ヒップホップも本当にお金になる音楽だと証明しました。
こう聴いてみて: 「ブレイクス!」と叫ぶサビと、観客を煽っては引く声の駆け引きに注目。
Afrika Bambaataa & The Soulsonic Force – "Planet Rock" (1982)
ドラムマシンとシンセで作った未来的なサウンド。のちのエレクトロ・テクノの種になった曲です。
こう聴いてみて: カチッと刻む808ドラムと、宇宙船のようなシンセ。これが1982年だなんて、鳥肌ものです。
Grandmaster Flash & The Furious Five – "The Message" (1982)
パーティ用だったヒップホップが初めて「現実」を語った曲。貧困街の暮らしを淡々と、だからこそ痛切に描きました。
こう聴いてみて: 「It's like a jungle sometimes…」歌詞を一行ずつ噛みしめて。ラップが「メッセージ」になる瞬間です。
こうして路上の宴だったヒップホップは、レコードに乗ってアメリカ全土へ広がっていきます。次回は、ヒップホップが 「大衆音楽」として爆発する1980年代へ一緒に向かいましょう。